出川 哲朗(でがわ てつろう、1964年2月13日 - )は、日本のお笑いタレント、俳優。神奈川県横浜市神奈川区出身。マセキ芸能社所属。血液型B型。身長155cm。愛称「てっちゃん」、「パイナップル博士」。劇団SHA.LA.LA.座長(リーダー)。妻は元レースクイーンの阿部瑠理子。
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横浜市立栗田谷中学校を経て、私立武相高等学校を卒業。なお、プロフィールには高校卒業後の1982年から、月心寺(滋賀県大津市)にて調理実習の経験ありとの表記がなされている。その後、1985年に横浜放送映画専門学院(現:日本映画大学)を卒業。1987年2月、専門学校時代の同級生だったお笑いコンビ・ウッチャンナンチャンの内村光良と南原清隆、入江雅人らと『劇団SHA・LA・LA』(当初は『Project team SHA.LA.LA.』)を旗揚げし、公演を開始する(1998年8月に一旦活動休止)。
1986年から1989年まで、端役ながら映画・男はつらいよシリーズの第37作『幸福の青い鳥』から第41作の『寅次郎心の旅路』まで、5作品連続で出演している。
1990年4月からは日本テレビ系列のバラエティ番組『ウッチャン・ナンチャン with SHA.LA.LA.』に出演、この頃からテレビタレントとして本格的に活動を始める。その後、同局の『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』をはじめとした、体を張ったロケやドッキリ企画などの際の立ち振る舞いやリアクションの面白さが徐々にお茶の間に浸透し、次第にテレビ番組において欠かせない「汚れ役」としての地位を確立していった。
一方、多くの写真週刊誌・ゴシップ誌の恰好のターゲットとなった(本人はそのことすらネタにしている)。また、この「汚れ」キャラクターが世の中に浸透していくにつれ、女性視聴者層から敬遠される傾向が出始め、女性ファッション誌『an・an』が毎年行っている読者アンケート「嫌いな男ランキング」では毎年上位にランクインするようになり、2001年から2005年までに5年連続1位を達成し、「殿堂入り」扱いとしてアンケートから除外対象となった。
2004年4月5日、元モデル・レースクイーンの阿部瑠理子と結婚し、嫌われキャラとのギャップで世間を騒がせた。プロポーズの際には、テレビ朝日系列のバラエティ番組『ロンドンハーツ』が全面バックアップ。推定5,000万円の制作費を費やしてイタリア・ローマ市内でロケーションが行われ、一連の模様が全国ネットで放送された。
2008年1月に放送された特別番組『史上空前!! 笑いの祭典 ザ・ドリームマッチ'08』では、さまぁ~ずの大竹一樹とのコンビで優勝した。
2009年4月23日にインターネット放送のアメーバビジョンにて、自身初の冠番組となる『出川哲朗の俺をおいしくしろ!』がスタートした(アメーバビジョンスタジオの閉鎖に伴い、2010年3月で終了)。
実家は横浜市の老舗海苔問屋『つた金海苔店』(株式会社蔦金商店)で、親族が経営している。「おばあちゃん子」で、祖母とはバラエティ番組で幾度か共演がある。
武相高等学校の後輩に元プロ野球選手のパンチ佐藤(1年下)、インパルスの堤下敦がいる。テレビ番組で佐藤と共演すると出川は先輩風を吹かせることが多いが、『ジャンクSPORTS』で佐藤と共演した際、佐藤が硬式野球部出身であったのに対し出川は軟式野球部出身で、当時接点はほとんどなかった事実を明かされている。また、中学の後輩には我が家の坪倉由幸がいる。
役者修業時代の仲間にピン芸人のエド・はるみがおり、当時はその美貌からマドンナ的存在であったという。
高校時代はヤンキーで、当時のあだ名は「キレたナイフ」だったと自称している(この発言をすると「『キレるナイフ』じゃないのか」とツッコまれるのが恒例)。
嫌煙家である。酒は飲まないものの打ち上げに参加することは好き。また、炭酸飲料が好物で、特にコーラをよく飲んでいる。
愛車はポルシェ・911カレラ。
プロ野球・東京ヤクルトスワローズの熱烈なファンで、プロ野球シーズンはスケジュールの合間を縫って明治神宮野球場に足を運んでいる。
女性ファッション誌読者が選ぶ「嫌いな男ナンバーワン」など、世間的にはいわゆる「嫌われキャラ」で通っているが、和田アキ子からは「出川はそんな風に言われているけれど、性格もいいし、本当にいい奴」と評される。しかし、当人は「自分は嫌われてナンボのタレントだから、いい話をされるのは営業妨害だ」と言って、余り表立って褒めないように言っている。
以前から、夢は「単独司会のレギュラー番組を持つこと」と各所で語っていたが、海外・爆破ロケなどの長期収録企画に気軽に出演できなくなってしまう恐れがあったため、なかなか実現に至らなかった。2009年4月23日に、『出川哲朗の俺をおいしくしろ!』がスタートした。ゲストが出川をおいしくするというタイトル通りの内容で、第1回のゲストは、苦楽を共にした大親友の松村邦洋が出演した。
主な口癖は、
* 「リアルに~」(「マジで」という意味で多用する)
* 「ヤバい」「ヤバいよ」
* 「言ってる意味が分からない」(都合の悪い質問をされた時)
* 「ワイだよワイ!」(何故?(WHY?)という意味で使用)
* 「焦った~」(どっきりに引っかかった時)
* 「お前らにはつくづくだよ!」(「つくづく…なんだよ?」と返されるのが定番)
* 「その件(くだり)ね」(確認する時)
特徴
公称身長160cm 体重74kgと、最近はかなり太ってきている。
舞台仕込みの大きなダミ声が特徴的。「ヤバいよヤバいよ」などの口癖は多くの共演者達にものまねされている(後述)。
視力が悪いため、テレビ番組に出演する際などにはコンタクトレンズを使用している。
本人曰く「喉が赤ちゃん」のため、物を食べるのが遅い。
滑舌が悪く、よく噛んでいる。また、赤ちゃん言葉になることが多く、妻へのプロポーズの際にも「あなたを心から愛ちていまちゅ。結婚ちてくだしゃい」となってしまった。この模様は全国ネットで放送され、感動とともに失笑を誘った。
手の小指の第一関節・第二関節だけを同時に90°曲げられ、指折りで数える時は親指から順番に拳を開いていくという独特の数え方をする。また、「いい話」と書いたものが「ヒヒ話」と他の出演者に読まれてしまう独特の癖字を書く。
2006年頃から椎間板ヘルニアや坐骨神経痛などを患い、2007年頃になると歩行時には杖を使わなければならないほど悪化した。本人はテレビ収録が始まりカメラに映ると痛さを忘れてしまうと語る。その後、過酷なロケや罰ゲームなどが行えないほど悪化したため、2008年3月末に緊急入院し腰の手術を受け、10日程で完治退院・仕事復帰した。しかし、2009年12月下半期出演分の『内村さまぁ~ず そろそろ人間ドックで体の不安を解消したい男達2009!』放送に伴い受けた人間ドックで椎間板ヘルニアの再発が確認され、番組内で公表された。
交友関係
専門学校時代の同級生だったウッチャンナンチャンとは親しい関係で、ウンナンおよび内村・南原単独の関係番組には、レギュラー・準レギュラー・ゲストに拘わらず、そのほとんどに出演している。内村のことを「チェン」という愛称で呼べる唯一の存在だが、内村の番組に出演した折には、大抵、不当な扱いを受けるのがお約束となっている。また、内村と親しい関係にあるさまぁ~ずの2人とも仲が良く、三村のことを「三村っち」、大竹のことを「竹ちゃん」を呼び、また共演が多い。
松村邦洋とは深い絆で結ばれており、後述にもあるように出川がまだ無名の頃から彼のものまねを各所で披露して、知名度の向上に一役買っていた。
親交の深いナインティナインの岡村隆史と若手時代に共演した『お笑いウルトラクイズ』での優勝(MVP)を機に、タレントとしての知名度を上げた。また、互いに「こうあって欲しい」と思う理想像があり、2004年に出川が結婚した際には岡村が「俺の好きな芸人が死んだ」「好きな芸人が結婚してもうて俺だけ無人島に取り残されたもんや」「(夫人とマネージャーの涙に感動したが)あんたにおめでとうなんて絶対に言わん。さよならならなんぼでも言うたる、さよなら出川哲朗、ありがとう出川哲朗」と述べた。
和田アキ子ファミリーの一員。他のファミリーの一員と共に、毎年行われる和田の誕生日会にも招かれるが、酔った和田に毎回酷い目に遭わされている(和田アキ子#誕生パーティーも合わせて参照)。
狩野英孝は出川のことを非常に尊敬しており、彼を芸能界の目標としている。
アメトーークの「出川ファミリー」、「出川ナイト」には勝俣州和、キャイ~ン、千秋、よゐこ、カンニング竹山、土田晃之が出演した。
ものまねの対象
その特徴あるダミ声から、数多くのタレントにものまねされている。このとき、出川の口癖である「ヤバいよヤバいよ」、「リアルに」というフレーズが使われることが多い。
内村光良は出川のものまねについて、「みんな哲ちゃんのものまねをする時『ヤバいよヤバいよ』って言うけど、『ほったら(「そしたら」という意味)』の方がよく使っている」として、「ほったら」を多用する。また内村は、「ないしょ」のポーズ(「しーっ」のアクション、普通は人差し指を唇の前に立てる)で人差し指を眉間に当てるといった出川の細かい形態模写をする。
大親友である松村邦洋は、出川が無名の頃から彼のものまねをやっており、1993年9月13日放送の『笑っていいとも!』・「テレフォンショッキング」に松村が初出演した際、司会のタモリに振られてビートたけしや石橋貴明、ルー大柴らメジャーな人物を中心にものまねを披露し、会場は爆笑だった。だが最後に出川のものまねをして会場が静まり返ってしまい、それをテレビで見ていた出川が番組終了後、松村に電話して「何で(売れていない)俺の真似をしたんだよ!?」と憤ったが、松村は出川が早く売れて欲しいという願いと共に「僕の出川さんのものまねは完璧なんです。あとは出川さん売れるの待ちですから」と出川の芸能界での成功を応援し、ものまねをやり続けた。これを聞いた出川は感動のあまり、電話口で号泣したという。そして出川がテレビに出だした頃、松村が「番組で出川さんのものまねが受けましたよ」と嬉しそうに報告した。この逸話は『リンカーン』のコーナー「芸人、その時歴史が動いた」でも再現された。
大事な場面で言葉を噛んだり、唐突に手や足を滑らせたり身体をぶつけたりするが、本人がネタとして故意に行っているのか、たまたまそういった事態になっているのかは定かではない。
『ネプリーグ』などのクイズ番組や『DOORS』のようなアトラクション系の番組に出演した際には、「俺は“ミスター○○(番組名)”だよ!」と豪語し見せ場を作ろうとするが、それすら噛んでしまったり、見せ場を作れず不発に終わることも少なくない。また、前述のように「元ワル」を自称しているが、本物の元不良にはめっぽう弱く、『リンカーン』の企画「ボンタン狩り」でも威勢よく啖呵をきっていたが、バッドボーイズの佐田正樹にあっさりとボンタンを狩られてしまい、恐怖のあまり呆然としていた。
リアクション芸人の第一人者であることにプライドを持ち、経験から学んだ数々のノウハウを持っている。2008年11月14日放送の『未来創造堂』では、リアクション中の顔を撮影するヘルメットに装着したCCDカメラの使い方について、「顔の正面ではなく、やや下の位置に着けて背景が映りやすいようにする」「状況を伝えるため怖がりながら首を振って周囲の背景を映す」「レンズに水滴や砂粒が付着しても少量なら臨場感が伝わるので拭かない」などの実践的ノウハウを笑いを交えつつ紹介。ゲストで同席していた大地真央を感心させるとともに、番組ホストの木梨憲武からも「怖がりながら状況をトータルに把握して出来る芸人は少なく、まさにプロ」と称賛された。自身もリアクション芸には誇りを持っており、「将来の夢は?」と聞かれて、「おじいちゃんになっても熱湯風呂に入りたい」とコメントしていた。
島田紳助は、『行列のできる法律相談所』や『人生が変わる1分間の深イイ話』などで共演した際に、「出川哲朗、代表作これと言って無し」などと冗談交じりに揶揄するものの、「トーク番組において盛り上がっている状況では自分から出ていくことはせず、場の空気が沈みかけているところで自ら笑いを取ることが出来る」と出川の役割を解説し、「野球で言うたら2番バッター。試合(番組)を組み立てるには絶対に必要」と評した。また、ユーティリティープレイヤーとして活躍した元プロ野球選手の木村拓也の話題になった際、「芸能界で言うたら出川やな」と喩えている。このことについて紳助は、その場にいなかった出川に「褒めたから3000円」と呼びかけ、それをテレビで見ていた出川が、紳助にメールでお礼の言葉と共に「3000円でもいくらでも払います」と送ったが、紳助から「ゴールデンタイムで褒めたからプラス1000円」と返信される。これに対し出川は「ピン札で払いましたよ」と言った。
明石家さんまからも高い評価を受けており、『恋のから騒ぎ』で「出川ぐらいの二流の芸能人になれればいい」と発言したタレント志望の一般人女性に対し、「アホ! 出川は一流や!」と叱り飛ばしたほどである[『出川哲朗の俺をおいしくしろ!』]
2010年01月31日放送分。
その他、ビートたけしやダウンタウン、ナインティナイン、同期のウッチャンナンチャンなどからの信頼も厚い。
「毎週レギュラーで出演するのはクドい」との理由で単発ゲストや準レギュラーの扱いが多い。かつてレギュラーが全てなくなった時には不安を感じたが、トータルの仕事量はほとんど変わらないことに気付き、東野幸治からも、「レギュラーゼロであんなにテレビ出れるなんて逆にスゴイですよ」と絶賛されたことがきっかけで、現在はレギュラーがゼロであることを誇りに思っていると語っている。
* 現在はピンで活動しているが、『劇団SHA・LA・LA』に所属する前に女性と『ペンギンズパー』というコンビを組んでいたことがある。
* 「出川哲郎」と誤記されることがあり、親族が経営している『つた金海苔店』のホームページでも誤記されていたことがあったが、その後修正されている。なお、本人はこの間違いを全く知らなかったという。
* 台詞も無いエキストラ扱いの端役ながら、1986年の松竹映画『キネマの天地』に出演した後、同じ山田洋次監督作品『男はつらいよ』の37作目『幸福の青い鳥』(1986年)・38作目『知床慕情』(1987年)・39作目『寅次郎物語』(1987年)・40作目『寅次郎サラダ記念日』(1988年)・41作目『寅次郎心の旅路』(1989年)の5作品に連続して端役出演している。また、37作目の『幸福の青い鳥』では単独アップカットに台詞もあり、39作目の『寅次郎物語』でも端役としてはかなり長い出演シーンがある。
* 夫人とはほぼ完全なセックスレス状態で、夫人の方から一方的に夜の営みを頑なに拒否されているという。ニューカレドニア島に新婚旅行に行った時ですら、夜の営みを徹底して拒否されたと本人が語っている。宿泊したホテルは海上にロッジのように浮かんでいるロマンティックな所であり、「あんな所で断られたのは世界で俺1人だけ!」と嘆いている。
* ORANGE RANGEのNAOTOが出川のファンだということで、シングル「*~アスタリスク~」のレコーディングに参加したことがある。この依頼を受けた当初、このことを夫人に話したところ、「ORANGE RANGEがアンタのファンなわけないでしょ! どうせドッキリに決まってるでしょ!!」と言われ、レコーディングスタジオでは隠しカメラを探したという。出川に依頼したことについてORANGE RANGEのHIROKIは「不器用な男が愛について語っている、という状況がカッコいい」と語っている。
* 元々、横浜放送映画専門学院(現日本映画大学)の漫才の講義で「ペンギンズ・ぱー」というコンビを組んでいた。卒業後、ウッチャンナンチャンと一緒にマセキ芸能社へ進むことが決まっていたが、相方の女性が女優志望だったためコンビは解散。芸能社契約の話も破談となり、出川個人で劇団SHA・LA・LAと個人事務所を立ち上げることとなった。
『進め!電波少年』関連
* 番組特製のコンドーム「バウドーム」をエイズ予防の目的で、オーストラリア・シドニーのゲイ達に配布した。すると、渡した途端に目の前でそれをつけ始め、すぐさま出川をマッチョな外人7人が取り囲み、お尻を奪ってしまった。その際に出川は「嫌だ! やめてくれ!」という意味で「NO!」「Stop!」と叫んだつもりが「NO stop!(止めないで!)」と発してしまい、叫び声を上げながら企画は終了している(その模様は音声のみで放送され、スタッフがレイプされる出川を放置してそのまま待機していた)。このことについて出川は「(お客さんが)笑ってくれたから救われた」と語っていた。なお、番組スタッフから後に痔の軟膏を手渡されたという。
* 映画『プリティ・ウーマン』のリチャード・ギアのようにアメリカのコールガールを更生させる為に、モーテルの中でコールガールを説得しようとするが英語がまともに話せず、不審に思ったコールガールが仲間のマフィアを呼んでしまい、そのまま拉致されてしまう。その後出川はマフィア達に車の中で「お前は警察か?」と問いただされたにもかかわらず「YES」と答えてしまい、ついに「殺してやる」とまで宣告されてしまうが、出川の態度に疑問を持ったマフィアの一人に「本当に警察か?」と聞かれやっと「NO! TV!」と叫んだため、「もしあれを放送したらお前を殺してやる」と脅迫されながらも、無傷で解放された。番組側は何事も無かったかのように放映した。
* プロレスラー・安生洋二が敢行した、ヒクソン・グレイシーへの道場破り失敗の仇を取るべく、出川は「ヒクソン・グレイシーと闘いたい!」と英語で書かれたメッセージボードを携えて彼の柔術アカデミーを訪れヒクソンと闘おうとしたが、当時道場内は安生の道場破りから間もなかったこともあり、ピリピリとした雰囲気であった。そこへ中学生くらいの1人の少年(ヒクソンの息子・ハクソン・グレイシー)がやって来て、「お父さんを馬鹿にしに来たのか!」「俺が相手になってやる!」と一喝され、退散した。
『アメトーーク!』関連
* 出川をフィーチャーした「出川ナイト」の企画を持ち掛けられたが、番組初の試みとなる2週に亘っての放送であったため、出川は「自分の企画だけで2週も持つわけが無い」と難色を示した。だが番組演出兼プロデューサーの加地倫三に「この企画は視聴率なんて二の次なんです。面白いから放送するんです」と説得され、この男気に感動したという。
* 出川が出演したことの無い『徹子の部屋』のシミュレーションを行った。後日、本来のゲストである雨上がり決死隊から、「先輩芸人で、まだ徹子の部屋に出演していない方」として紹介され、13:40ごろからエンディングまで出演、黒柳徹子から、出川の芸風には無い立ち回りまで要求され、困惑していた。
偽出川騒動
また、2010年5月16日の放送の『アッコにおまかせ!』でも、音楽プロデューサーの小室哲哉がTwitterで、出川のTwitterについてつぶやいたことを紹介した。だが、これも何者かが勝手に出川を名乗ってつぶやきを行っていた偽Twitterであることが番組の調査で判明した。
バラエティ
レギュラー及び準レギュラー出演のみ。
現在の出演
* 中井正広のブラックバラエティ(2004年~、日本テレビ)準レギュラー
* 世界の果てまでイッテQ!(2007年~、日本テレビ)準レギュラー
* アッコにおまかせ!(TBS)準レギュラー
* 雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!(テレビ朝日)「出川ナイト」「ポンコツ芸人」他多数
* P-1ゴールドラッシュ(2001年~、テレビ大阪)通常はカットインのみの出演だが、稀に対戦もする。
* 本日開店!パチ天国!(熊本県民テレビ)
* 大!天才てれびくん(2011年度、NHK教育)2011年度MC
過去の出演
;日本テレビ系列
* ビートたけしのお笑いウルトラクイズ(1989年~1996年・2007年)
* ウッチャン・ナンチャン with SHA.LA.LA.(1990年~1992年)
* 紳助のサルでもわかるニュース(1994年~1997年、読売テレビ制作)
* 中居くん温泉シリーズ(1996年~1998年、読売テレビ制作)
* たかじんnoどォ!(1997年~1998年、読売テレビ)
* ぐるぐるナインティナイン(日本テレビ)
** グルメチキンレース・ゴチになります!(1998年10月~2004年1月)パート1から4まで。以降は「デガチャンマン→デガレンジャー」に扮し、スペシャル回に出演。また、休養中の岡村隆史の代役として。
;TBS系列
* 桂芸能社シリーズ
* ウンナンの気分は上々。(1996年~2003年)不定期出演
* 晴れ・どきドキ晴れ(2001年~2008年、CBC)
* 世界バリバリ★バリュー(2003年~2008年、200回放送時には司会を務めた、毎日放送制作)
* リンカーン「哲朗出川のすべる話」のホスト役。現在も「芸人大運動会」などへは出演中。
;フジテレビ系列
* ウッチャンナンチャンの誰かがやらねば!(1990年)
** ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!(1990年~1993年)
* 森田一義アワー 笑っていいとも!(1995年~1996年)水曜日レギュラー
* タモリのSuperボキャブラ天国(1994年~1996年)キャッチコピーは「自称・ポストタモリ」
;テレビ朝日系列
* 気分はワイルド ~飛び出せ大自然へ~(1995年~1996年、ABC制作)
* 走れ!GET(1995年~1996年)
* 内村プロデュース(2000年~2005年)準レギュラー
;その他
* それ行け!なんでも宣太郎(テレビ東京)
* 内村さまぁ~ず(ミランカ)
など多数。
テレビドラマ
* 不思議少女ナイルなトトメス 第18話「三男は活き作りがお得意」(1991年5月5日、フジテレビ)
* Shin-D(日本テレビ)
** 宝さがし(1997年)
** おもひでベッド(2000年)
** 御臨終(2001年)
* LOVE&PEACE(1998年、日本テレビ)
* 夜逃げ屋本舗 スペシャル版「月を射よ!」(1999年12月30日、日本テレビ) - 神宮司刑事 役
* 泥棒家族 第1弾(2000年12月20日、日本テレビ)
* ゴールデンボウル(2002年、日本テレビ) - 竹上裕次 役
* 月曜ゴールデン(TBS)
** 税務調査官・窓際太郎の事件簿 第11作~(2004年3月~) - 矢田秋男 役
** おばさん会長・紫の犯罪清掃日記 ゴミは殺しを知っている7(2006年5月15日)
* 火曜ドラマゴールド バカラ 疑惑のIT株長者に賭けた女(2006年10月31日、日本テレビ)
* 水曜ミステリー9 ハマの子宝先生24時~殺意の産声~(テレビ東京)
* ロト6で3億2千万円当てた男(2008年、朝日放送・テレビ朝日共同制作) - 中根信介 役
* 帰ってこさせられた33分探偵 第12話「大阪・お笑い芸人殺人をもたせる」(2009年4月11日、フジテレビ)
* LOVE GAME 第10話「3日間で、ダメ男がモテ女を抱く事ができたら1億円」(2009年6月25日、読売テレビ制作・日本テレビ系列) - 鈴木一郎 役
ラジオ
* ウッチャンナンチャンのオールナイトニッポン(1989年~1995年、ニッポン放送)「男・出川哲朗!」
** 出川哲朗のオールナイトニッポン(1994年12月)上記のスピンオフ特番。
* 高田文夫のラジオビバリー昼ズ(1994年~1997年、ニッポン放送)火曜日中継担当
* SUNTORY THEATER ZERO-HOUR(J-WAVE)「風の又三郎」朗読
映画
* 君は裸足の神を見たか(1986年)
* キネマの天地(1986年、松竹) - 撮影所員 役
* 男はつらいよ(松竹)
** 37作目「幸福の青い鳥」(1986年) - 「ニュースだ、ニュース! 上海軒に寅さんの恋人がいるぞ~」と知らせて回る板前姿の男
** 38作目「知床慕情」(1987年) - 寅次郎にビール飲みに行こうと誘われる自転車を押している板前姿の男
** 39作目「寅次郎物語」(1987年) - 秀吉の出発のシーンに出て来る近所の男
** 40作目「寅次郎サラダ記念日」(1988年) - 小諸での祭りの若い衆
** 41作目「寅次郎心の旅路」(1989年) - ポンシュウの仲間、テキヤの若い衆
* ワールドアパートメントホラー (1991年)
* サソリ 殺す天使(1998年)Vシネマ
* ピーナッツ(2006年)
声の出演
* レイトン教授と永遠の歌姫(2009年) - リッチマン 役
* ピラニア3D(2011年) - ファロン保安官 役(日本語吹替)
インターネット
* 出川哲朗の俺をおいしくしろ!(2009年4月~2010年3月、アメーバビジョン)隔週放送
* 毎日どっきり(2009年~、BeeTV)
*ニコニコ動画の広告、ネクソンのアラド戦記CM(ちなみにニコニコ動画を模したCMなので、ボタンを押しても動かないのは正常。)
(金ダライや水をかけられている。)
DVD
* 内村プロデュース~俺チョイス 出川哲朗(2009年3月、SMD jutaku)完全生産限定盤
* リアクションの殿堂シリーズ(ビデオメーカー)ダチョウ倶楽部、有吉弘行と共演。
** リアクションの殿堂(2009年8月)
** リアクションの殿堂 ~遺作~(2010年8月)
* よゐこと一緒にコントライヴ ~カッちゃんテッちゃん千秋ちゃん。ついでに来たのがTKO~(2010年2月、ジェネオン・ユニバーサル・コンテンツリーグ)
* 毎日どっきりシリーズ
** 毎日どっきりVS出川(2010年2月、エイベックス・マーケティング)
** 毎日どっきり2~出川の復讐~(2010年9月、エイベックス・エンタテインメント)
* 出川哲朗のパイオレジューちゅ(清涼飲料水、株式会社アプリス)高速道路・サービスエリアで販売。
* CR『ヤバイよ!!哲ちゃん』(パチンコ台、アビリット)
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