井上 順(いのうえ じゅん、旧芸名;井上順之( - じゅんじ)、1947年2月21日 - )は、東京都渋谷区生まれのタレント、俳優、歌手、コメディアン。血液型はAB型。青木エミは元妻。
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*実家は渋谷で馬場を営んでいた。
*13歳の時より峰岸徹、大原麗子、田辺靖雄、ジェリー藤尾などもいた「六本木野獣会」のメンバーだったが、後にジャガーズの前身バンドにも籍を置いていた。峰岸の逝去後には追悼インタビューを受けて、デビュー前から現在までによく食事や遊びなどに連れて行ってもらって公私共に本当の弟のようにものすごく可愛がってもらったと語っていた。
*1963年、新宿区原町にあった成城高等学校在学中16歳の頃に、ザ・スパイダースのライブを観て触発され、即、自ら門を叩きグループに加入を申し出る。ようやく人気GS時代の最年少メンバーとして堺正章と共にツインヴォーカルとパーカッション(「サイドタンバリン」とネタにされてもいた)を担当する。当時スパイダースのコンサートでは、堺と共にヴォーカルとともにMCを担当。後の『夜のヒットスタジオ』などで見せる軽妙なトーク技術をこの中で研鑽。気さくなキャラクターで、現在の芸風の基盤を作り上げた。
*1970年のザ・スパイダース解散後は、芸名を「井上順之(じゅんじ)」と改めたが、痔になったため、「『じ』は良くないと1973年に元の「順」に戻した。歌手を本業としつつ、俳優業・司会業にも進出。「ジャーニー!」「ピース!」等、数々の流行語を生み出し、コンスタントにシングルのリリースも続けた。フジテレビ系『ラブラブショー』での共演をきっかけとして、当時資生堂の人気モデルだった青木エミと大恋愛の末に結婚するが、1982年夏に離婚。以後、独身を通している。
*『芸能人野球大会』では堺とのデッドボールのぶつけあい、乱闘と見せかけて二人で社交ダンスを踊りだす、などの秀逸なネタが例年見られた。スパイダース解散後も、盟友・堺とは数多くの仕事を共にしており、近年ではジョイントコンサートも開催している。
*『夜のヒットスタジオ』では干支一回り上の芳村真理との絶妙なコンビネーションで番組黄金期を築き、歴代の同番組男性司会者としては最長の9年半にわたり司会を担当。「茶化し」に徹しつつエンターテイナーぶりをのぞかせる井上の司会ぶりが当時学生の三谷幸喜に大きな影響を与え、彼の映画監督デビュー作『ラヂオの時間』では、井上の演じる人物考証で「『夜ヒット』の井上順」を髣髴とさせるところが随所に見られた。
*役者としては『ありがとう』『ラヂオの時間』『渡る世間は鬼ばかり』などで好演。
*また、NHKの教育番組『ピタゴラスイッチ』でも「テレビのジョン」という犬型ロボット役で声優として、『みんなのうた』で歌った「テトペッテンソン」がインパクトの高い歌詞で子供達の間で人気を得た。
*駄洒落の名人であり、番組中に披露する事も多かった。
*ピースサインを日本に流行らせたのは井上だと、2007年9月放送の『ダウンタウンDX』で本人が紹介した。
*真理ヨシコとニッポン放送で「ホイホイホーム」という番組を務めたことがある。
*深夜時代の『ネプリーグ』において、ジェームズ・ボンドを日本の芸能人に例えると誰かという一般人のアンケートで1位に選ばれた。
*中学校の卒業集合写真には同級生と一緒に写っておらず、写真左上の欠席枠に入っている。欠席した理由は、ジャズ喫茶に入り浸っていて学校をよくサボっていたため。(「ウチくる」の2009年12月20日放送分より)
*小学校の時は映画が好きで、よく映画を観に行っていたが、当時の小学生は保護者同伴だと無料だったため、自分の父親に相当する年齢の男性を見つけては後ろにくっ付いて行って、タダで映画を観ていた。(「ウチくる」の2009年12月20日放送分より)
音楽
*昨日・今日・明日(1971年)
*お世話になりました(1971年)(のちにB21スペシャル、ET-KING、つじあやのがカバー)
*幸福泥棒(1972年)
*涙(1972年)
*虹(1973年)(『火曜歌謡ビッグマッチ』主題歌)
*幸せくん(1973年)
*ちんちん電車(1976年)
*いけネェいけネェもういけネェ(1979年)
*月見草の歌
*風の中(1980年)
*なんとなくなんとなく(ニューボーカル・バージョン)(日産・パルサーN15前期型CMソング)
*テトペッテンソン(2003年)
ドラマ
*もうれつ大家族(1969年、フジテレビ)
*愛しの刑事
*新宿暴走救急隊
*ありがとう(第2シリーズ)井上順之名義で出演も、最終回が近くなったころに、井上順に変わった
*俺んちものがたり!
*時間ですよ・昭和元年
*明日がござる
*俺はご先祖さま
*乱歩賞作家サスペンス「凶悪のマース」(1989年、KTV / 東宝)
*松本清張の老春(1990年、YTV / 松竹)
*火曜サスペンス劇場「真夜中に微笑む女」(1990年、NTV / メリエス)- 小松原亮 刑事
*ああ相続
*家族の物語
*ひとり家族
*魔の季節
*世にも奇妙な物語 「マジシャンのポケット」
*よい子の味方
*渡る世間は鬼ばかり
*正義は勝つ
*もういちど家族
*こんな私に誰がした
*北条時宗
*20歳の結婚
*ルーキー!
*明るいほうへ 明るいほうへ
*ホステス探偵危機一髪
*それは、突然、嵐のように…
*救命病棟24時
*ごくせん
*美空ひばり物語 「おでことおでこがぶつかって」
*ファイト
*番茶も出花
*アンフェア
*3番テーブルの客
*アテンションプリーズ
*紅の紋章
*女の一代記
*昨日の友は今日の敵?
*笑う三人姉妹
*栞と紙魚子の怪奇事件簿
*筆談ホステス~母と娘、愛と感動の25年。届け!わたしの心~(2010年)
*バラ色の聖戦(2011年)- 星野進
映画
*西のペテン師東のサギ師(1971年、東宝、福田純監督) - 主演・犬太郎 役
*ムツゴロウの結婚記(1974年、松竹、広瀬襄監督) - 主演・ムツゴロウ 役
*善人の条件(1989年、松竹、ジェームス三木監督) - 柳田謙 役
*流転の海(1990年、東宝、斎藤武市監督) - トニーオカダ 役
*ラヂオの時間(1997年、東宝、三谷幸喜監督) - 広瀬光俊・ハインリッヒ 役
*ナイン・ソウルズ(2003年、東北新社、豊田利晃監督)- 中山 役
*John and Jane Doe(2004年、パル企画、坂上忍監督)
*60歳のラブレター(2009年、松竹、深川栄洋監督) - 佐伯静夫 役
*恋愛戯曲 ~私と恋におちてください。~(2010年、ショウゲート、鴻上尚史監督) - 中川康博 役
*ちょんまげぷりん(2010年、ジェイ・ストーム、中村義洋監督) - 殿間知治 役
*JAZZ爺MEN(2011年、宮武由衣監督) - 主演 後藤宗助 役
1976年4月より、三波伸介に代わって3代目の芳村真理のパートナーとして夜ヒットの司会に抜擢される。この番組内で井上は、相手役の芳村やゲスト歌手、挙句の果てには「ご対面」ゲストとして登場した一般人にいたるまで、「茶化し」「冗談」「駄洒落」の類のフレーズを連発し、それを芳村がその時折の番組内の空気により受け流して軌道修正させるという絶妙のコンビネーションが確立され、番組は黄金期を迎えることになる。このような司会スタイルにつき、井上は「(特にテレビに不慣れな)歌手の緊張感をとにかくほぐして、その人が気持ちよく歌ってもらえるようにするための策として「茶化し」や「シャレ」などを多用した」と述べており、相手方の芳村も「歌のときは順ちゃんでさえも相当緊張していた。だから、歌手の緊張感を同業者としての視点から誰よりもよく判っていた」と彼の司会術を絶賛している。
芳村真理関連
芳村真理への茶化しやシャレは彼女が各回で着用している服装を揶揄するものが多かった。
*「カトリーヌ・ドブース」(元ネタはカトリーヌ・ドヌーブ)
*「蜘蛛巣城」(元ネタは黒澤明監督の映画、芳村のモジャモジャとした髪型や濃い目のメイクを揶揄したもの)
*「老婆A」(元ネタは中森明菜の歌「少女A」。中森の夜ヒット初登場の回で出たシャレ)
*「月光仮面」(白いマントのようなコートを着て芳村が登場したときに出たセリフ)
*「今日の東京がいかに風が強かったかよく判る」(パンク風の髪型を芳村がして登場した時のセリフ)
*「丁度倍ですね」(石川さゆりの年齢を聞いた後に芳村に対して発したセリフ)
*「芳村さんの場合はここ(テレビ電話の画面)に皺がたくさん…」(テレビ電話を番組内で初めて使用した際に出たセリフ)
*「芳村さんなんか"はちまきおじさん"と呼ばれてるんですから」(恐らく某マンガの登場人物を引き合いに出したセリフと思われる)
*「(芳村のヘアスタイルに視線を置きながら)毎週何かあるんですか?」(芳村の「女の子が髪形を変えるときは何かがある」という発言を受けてのセリフ)
* このほかにもそのときの着物の絵柄から「月見草と団子」(芳村の顔を指して)、「チャイナ服はよほど自信がある人じゃないと着れませんよ」(チャイナドレス風のスカート姿で芳村が司会をした際のセリフ)など、枚挙に暇がない。井上はかつてモデルであった青木エミと結婚していたことでも推察されるように女性のファッションにもある程度の見識を持っており、これらの芳村への茶化しもそういった見識がなければ瞬時に考え出せないセリフが多い。
その他
*「今日は『麦と兵隊』でも歌うの?」(西城秀樹が青年将校風の服装で登場した際のセリフ)
*「梓、寒さも彼岸まで」(お彼岸の頃のある放送回に梓みちよがゲストで出演していたことから出たセリフ)
*「めっきり暑くなってまいりましたね」(同じく梓みちよ関連。梓が露出度の高い衣装で登場した際に出たセリフ。因みにこのセリフを述べたときには既に季節は秋本番を迎えようとしていた)
*「郵便受け百恵」(松田聖子初登場の際に「ポスト山口百恵」の急先鋒として紹介する際に出たセリフ)
*「今日は○○さんで見事に年齢層が上がりました」(年配・ベテランの歌手(ダーク・ダックスなど)が登場する際に発していた発言)
*「下半身沈殿デブ」(山口百恵が下半身の体型がふくよかであることを気にしている旨の発言をした際に出たセリフ)
*「丈夫な足してるじゃない」(中森明菜が風邪を引きやすい体質だという話の際に、「か細い人は風邪を引きやすい」という趣旨の話になり、明菜の足首のほうを見て発したセリフ)
*「冗談じゃ済まないよ!」(吉川晃司が過激な衣装でオープニングメドレーに登場した際に発したセリフ。もちろん、本気で注意したのではなく、シャレの一環としてでたものである)
*「(歌は)僕みたいに朗読すればいい」(極限の緊張状態に陥った中井貴一に発した彼独特の毒舌まじりのフォロー)
*「かもめがかもめって言うかね?かもめが翔んだ日」(渡辺真知子がかもめが翔んだ日を歌う前にフォローしたシャレ)
**このほか、ノリのよい楽曲や振り付けの激しい楽曲になると、途中でバックダンサーの中に隠れるように紛れ込んで見よう見まねで踊りを踊ったり、露出度の高い衣装を着た女性歌手が登場すると、何故か突然、その歌手の後ろに移動して後姿をジロジロ見たり、など様々なコミカルな動きを行い、番組の盛り上げに一役買っていた。
**『夜のヒットスタジオ』に出演の歌手に対して大概「君」「ちゃん」づけで読んでいた。
***君づけで呼んだ歌手 森進一、五木ひろし、桑田佳祐、谷村新司、河島英五、細川たかしなど
***ちゃんづけで呼んだ歌手 山口百恵、岩崎宏美、森昌子、石川優子、太田裕美、八代亜紀、石川さゆり、伊藤蘭、田中好子、藤村美樹、都はるみ、河合奈保子、早見優など
***呼び捨てまたはニックネームで呼んだ歌手 西城秀樹、郷ひろみ、沢田研二、水前寺清子、
***いろいろ呼んだ歌手 布施明(大概は「布施君」、1976年11月8日放送分で「明ちゃん」)、桜田淳子、森昌子(1980年10月6日放送時に「淳子」、「昌子」)、増田恵子、MIE、野口五郎、高田みづえ、田原俊彦、中森明菜など
*シャボン玉ホリデー
*スター千一夜
*ゴールデン歌謡速報(初の歌謡番組の司会)
*火曜歌謡ビッグマッチ(黒柳徹子とのコンビで司会)
*夜のヒットスタジオ→夜のヒットスタジオDELUXE(1000回目記念や復活版でも参加。司会者就任前も歌手としてゲスト出演し、司会在任中も数回歌手として参加していた。)
*12時開演!・ヒットパンチショー
*ザ・ベストテン(1988年9月8日のみ担当。『火曜歌謡』以来黒柳とコンビで)
*カックラキン大放送
*ベスト30歌謡曲
*そっくりショー(第4期の司会)
*ものまね王座決定戦
*土曜だエブリバディ!
*ピタゴラスイッチ(テレビのジョン・フレーミー)
*クイズ日本人の質問- もの知り博士、佐藤B作と交互に出演
*健康の達人(アサヒ緑健提供の通販番組)
*ダブルミリオン(山田愛里と共同司会)
*今夜は最高!
*笑っていいとも! テレフォンショッキング※・ゲスト
*徹子の部屋
*ライオンのごきげんよう
*THEわれめDEポン(番組初の役満を出した)
*ブラタモリ(2010年3月11日放送【六本木編】に飛び入り出演)
*NHK歌謡コンサート(2010年3月16日放送。ヒット曲『お世話になりました』を歌唱」)
CM
*コカ・コーラ(1964年・バーベキュー編)
*小西六写真工業
**ジャーニーコニカ
**ピッカリコニカ
**ジャスピンコニカ
*100満ボルト
*第一製薬(現・第一三共ヘルスケア)
**シャント
*興和
**キャベジン顆粒
*国内信販
*芳村真理
*堺正章
*かまやつひろし
*田邊昭知
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